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| 東北ビジンの上京物語(ユキノビジン) | コラムニスト:朧 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
平成5年の春の牝馬クラッシック戦線は、2冠馬の誕生とともにもう一頭、 アイドルが誕生したといえよう。この年は2冠を達成したべガという馬がいたにも関わらず、 べガと遜色ないほどの人気を彼女は獲得していた。 それにしても彼女はなぜあんなに人気者になってしまったのだろうか? @地方出身である。 AGT連続2着で陰のヒロインであるというイメージで同情?をかった。 B流星が綺麗なのにそれをメンコで隠してた。またその白いメンコとワタリが 名前のユキを彷彿とさせて可愛かった。 Cそんなに強いともいえなかったがそこそこ強かった。 Dビジンという名前が世の男達の心をくすぐった。 ちなみにこれらの理由は私の独断と偏見ですのであしからず・・・ 大きなレースをことごとく勝っていくとスターになれる。昔でいえばルドルフ、シンザン、 最近ではナリタブライアン,メジロマックイーンといったところか。 しかしアイドルとなると強いだけではダメ。勝ったり,負けたり、あっといわせたり、 外見だったり、背景にいろんなことがあったりと、様々な要素が必要といえるだろう。 そういったところから見ると彼女はアイドルになるべくしてなったのである。 しかし彼女について語るときに欠かせないのは中央初戦のクロッカスSをおいて他にはない。 このときの彼女は10頭立ての9番人気と恐ろしいほど人気がなかった。 大先輩ハイセイコーやオグリキャップ、後に出てくるライデンリーダーと比べると 涙ものの低評価である。 なかには彼女を芦毛だと思っていた人も多いのではないか? なぜなら名前のユキノと東北出身、白いメンコに白いワタリ、更にいえば数年前に 全く関係ないがユキノサンライズという芦毛の馬が活躍していたからである。 実際僕の友人にもそう思っていた人がいる。 しかしそんな低人気をはなで笑うかのように彼女は走った。 初芝、初コース、休み明けなどの不利をものともせずに圧勝。タイムも優秀だったが 豊なスピードとそれを持続させる持続力、類まれな勝負根性、どれをとっても魅力的なものだった。 その後桜花賞,オークスとGT連続して2着に入り、人気者となったわけだが, その背景には数え切れないほどのドラマがあったのだ。 岩手時代にコンビを組んでいた菅原勲騎手はこう言っている。 「僕にしてみればこんなに人気がないのが不思議でした。自信をもって見守っていましたよ。 だから勝って当然だと思いましたし,この走りを見てきっと彼女は先々中央で活躍すると 確信しました」と、賛辞を送った。 静寂のなかに秘められたパワーというのを菅原騎手は感じ取っていたのかもしれない。 すっかりアイドルとなった彼女は秋初戦のクイーンSを快勝、その後本番では負けてしまったが 結果的に最後のレースとなった12月のターコイズSでは横綱相撲で快勝し,僕らにさあこれから, と思わせてくれた矢先の引退だった。 突然あらわれてあっといわせてくれた彼女。 ターフを去るときも突然のことだったような気がする。 ちょうど初恋のあの娘がなにも告げずに転校していったように我々の前から消えてしまった・・・
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