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| 明るくしぶとく美しく -エイシンサンサン- | コラムニスト:FUKU |
3歳時は5戦して2勝。 新馬・小倉3歳Sを制し、デイリー杯3歳S4着、GT阪神3歳牝馬Sにも出走。 当然、4歳クラシックを期待されるも、その1年で9走して勝ち鞍なし。 世間一般では"早熟馬"のレッテルを貼られてしまいそうな競走成績。 5歳になっても人気もしなければ勝てもしない。 だが、このようないわば"最悪"の状況から雄々しく復活を遂げた栗毛の牝馬がいた。 それが1989年凱旋門賞馬・キャロルハウスの代表産駒、エイシンサンサンだった。 5歳3月の中京記念で後方ままの惨敗を喫した後、半年の休養を挟んだエイシンサンサンは、 そのかいあってかようやく復活の兆しを見せ始めていた。 勝てないのは相変わらずだが、春とは違って準OPで堅実に入着を繰り返すようになっていた。 お得意の逃げ粘り戦法に、しぶとさが出てきたのだ。 明け6歳、97年4月13日、阪神競馬場の難波S。 前走のサンシャインSで4角一杯・13着の惨敗を喫してしまったエイシンサンサンは大きく評価を落とし、 9番人気。 鞍上は5戦ぶりに土肥JKになっていた。 例によってハナを切ったエイシンサンサンは4角に入っても快調に先頭を走り続け、 直線に向くと持ち前の粘っこさ全開、4角2番手のタニノタバスコ、好位から伸びてきたナリタプロテクター の追撃を凌ぎ切り、実に2年7ヶ月ぶりの勝利をもぎ取った。 続く緑風Sも9番人気だったが、角田JKを背に逃げてミラクルロッキー以下に0.7秒差をつける 圧勝劇を演じてみせた。 準OPを連勝して4歳春以来のOPクラスに戻ってきたエイシンサンサンだったが、 昨年とは違って休みなく走り続けた。 久々の重賞挑戦となった目黒記念はアグネスカミカゼの6着。 マーメイドS、エアグルーヴの5着。 北九州記念、ダンディコマンドの4着。 小倉記念、ゲイリーイーグルの5着。 朝日CC、差す競馬となったがシンカイウンの2着に突っ込む。 続く府中牝馬Sで勝ったクロカミに食い下がって3着したことで、陣営はエリザベス女王杯出走を決断する。 97年11月9日、京都競馬場10Rエリザベス女王杯。 マーメイドS・札幌記念・天皇賞(秋)を勝ち現役最強牝馬と目されたエアグルーヴは、ジャパンカップ挑戦を 表明しており回避。 また秋華賞圧勝で出走に意欲を見せていたメジロドーベルも、追い切りまでかけたあげくオーナーサイドの 意向で直前回避となったが、前年の覇者ダンスパートナー、牡馬相手に好走を重ねてきたメジロランバダ、 札幌記念でエアグルーヴの2着したエリモシックなどまずまずのメンバーが集まったが、大方の予想は 河内JK騎乗で前走京都大賞典を2着したダンスパートナーの連覇確実、というムードだった。 この秋充実著しいエイシンサンサンだが、結局は8番人気とやや低めの評価に落ち着いた。 ゲートオープン。 この秋ともに重賞戦線を戦ってきた土肥JKを背に、エイシンサンサンがハナに行く。 最低人気のフローレスリーフが追いかける。 並んで2年前の3歳女王、ビワハイジが先行。 秋華賞3着の1勝馬・エイシンカチータとヌレイエフ産駒の良血・エアリバティーの4歳2騎が続く。 さらに同じ4歳のビッグモンロー。 これまた4歳・オレンジピールと2番人気のメジロランバダがその後ろ。 四位JKのクイーンソネット、JC馬ペイザバトラー産駒パルブライト、ミスワキの仔ケイエスミラーが中団より 後方からの追走、そして大本命・ダンスパートナーと3番人気のエリモシック、ステイヤーのアドマイヤラピス が追いかけ、最後方にサイクロンジェーン、これはついていけない感じ。 先頭を行くエイシンサンサンのペースはさほど速くなく、どちらかといえば先行馬有利の流れになった。 レースが動いたのは3〜4角、中団にいたパルブライトが一気に4角4番手、連れてオレンジピールも 先行集団に取り付く。 エアリバティーやビッグモンローは後退気味、後方に控えた人気馬は揃って直線勝負に賭けた。 淀の400mの直線に向いた。 エイシンサンサンが持ち味を最大限に生かして粘りに粘る。 1馬身少しのリードをどこまで保てるか。 最低人気のフローレスリーフは脚が止まるどころか、ジリジリと迫ってくる。 エイシンカチータ・パルブライトも差を詰めにかかる。 ビワハイジ・メジロランバダは思うように伸びない。 エイシンサンサン逃げる、逃げる。 ダンスパートナーが来た。 エイシンサンサンを捕まえた次の瞬間、4角14番手にいたはずのエリモシックが凄い脚で飛んできた。 勝ち馬から8着馬までが0.4秒差の中にひしめいた大激戦、最後に笑ったのはエリモシック。 オークス2番人気、秋華賞ファビラスラフインの2着の実績を持っていた素質馬が、 初重賞制覇にGT勝利で花を添えた。 この6月まで勝ち馬の主戦だった河内JK。 最後の最後に差し込まれたその悔しさ、いかばかりか。 エイシンサンサンはとにかく持ち味を出し切ったレース。 紆余曲折の末に、35戦目にしてベストパフォーマンスを見せてくれた。 その栗毛の馬体が、明るく、そして美しく輝いていた。 その後、年末の香港国際C出走を最後に繁殖入り。 栄光、挫折、そしてまた栄光。 6歳夏以降の充実振りは、まさに一流馬のそれだった。 36戦を走り抜き、先行してしぶとく粘る。 およそ牝馬らしからぬレース振りだったが、それも欧州の超一流競走馬だった偉大なる父・キャロルハウス の血の成せる業だったのだろう。 社台SSに繋用されながら、日本に不向きという事で逆輸入されていったキャロルハウス。 エイシンサンサンは、果たしてその偉大な血を日本の血統図の中に刻み込む事ができるだろうか。 彼女の初年度産駒は、2001年度にデビューする。 (FUKUSHIMAのダビスタページ) |
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