
1987年生まれの世代。
"1億円牝馬""名門牧場の三銃士たち"もいれば、中央・地方を問わず"雑草精神"で
自らを高めていった馬もいた。
牡馬・牝馬といった性別の枠を越え、あまたいるライバル達としのぎを削りあっていた時代。
オグリキャップが去り、ファンが"新たなスター"の出現を待ちわびていた時期。
大スターが去った後、競馬の屋台骨を支えたのは彼らが走ることによって生み出される
様々な"ドラマ"だった…。
そんなこの時代のスターたちと常に接点を持っていた1頭の牝馬がいた。
今回の話の中心になるその馬こそ、"鉄の女"ことイクノディクタスである。
彼女が最初にその馬と出会ったのは、1988年夏の2歳馬セリ市だった。
その牝馬の父は"天馬"と呼ばれた内国産の雄・トウショウボーイ、 母が"華麗なる一族"の代表馬・牝馬
二冠馬ハギノトップレデ ィ。
いわば今回のセリの目玉である。
一方こちらは父ディクタス・母ダイナランディング。
父ディクタス×母父ノーザンテーストのニックス(走る馬が出やすいといわれる相性のいい配合)に
かなってる上に、 後にこの年のマイルCSを圧勝するサッカーボーイと4分の3同血という血統背景も
あったものの、注目度は低かった。
結果、購買価格は前者が約1億円、後者が930万円だった。
イクノディクタスと名づけられた"930万の安馬"のデビューは、翌1989年7月の小倉だった。
デビューから2連勝を飾ったものの、1番人気の小倉3歳Sは9着に沈むなど、6連敗で4歳牝馬特別に
出走。そこであの"1億円 牝馬"と顔を合わせることになった。
その"1億円牝馬"ダイイチルビーのデビューは1990年2月末までズレ込んだ。
武豊騎手を鞍上に、新馬から2連勝で桜花賞候補とも言われたが、抽選に漏れて回避、
忘れな草賞は2着に敗れ、オークスの出 走権を賭けて4歳牝馬特別に駒を進めてきたのだ。
結果はというと、ダイイチルビーは再び人気を裏切りはしたが、2着に入ってオークス出走権を確保。
イクノディクタスは12番人気 6着。
この時点では、2歳時の購買価格がそのまま実力の差となって表れていた。
その後、2頭の対決は4回あったが、通算で見るとダイイチルビーの4勝1敗。
4歳秋のローズSが、イクノディクタスがダイイチルビーに先着した最初で最後のレースとなった。
ダイイチルビーが歴代賞金女王の座に就いて引退していった6歳夏の時点では、イクノディクタスは
ダイイチルビーを超えてはい なかった。
唯一勝っていたものといえば、18戦で引退したダイイチルビーを13戦上回る出走回数くらいしかなかった。
しかし、ダイイチルビー無き後のイクノディクタスは一気に能力が開眼する。
エメラルドS・金鯱賞・小倉記念と、3ヶ月間で4戦3勝、さらに9月20日のオールカマーをレコード勝ちするに
至って、一気に秋の 天皇賞の有力馬として名乗りを挙げたのだ。
さらにそこからが凄い。
10月11日の毎日王冠から12月27日の有馬記念まで、僅か2ヵ月半の間に5戦を消化、
中2週―中2週―連闘―中3週という 離れワザをやってのけたのだ。
まさに"鉄の女"の本領発揮といったところ。
ダイタクヘリオスのレコード駆けの2着だった毎日王冠。
彼もまた"雑草精神"で自らを高みに押し上げた叩き上げの名馬だった。
"1億円牝馬"ダイイチルビーと、某マンガでは熱愛説まで飛び出すほどの熾烈なマイル王争いを演じてきた
彼もまた、このレース まで30戦を戦い抜いてきた歴戦の雄。
そしてこの秋、彼もここから有馬記念までに5回出走し、スプリンターズSと有馬記念を連闘するという
"超"非常識的ローテーショ ンを駆け抜けていった。
11月1日、2頭ともに出走した天皇賞・秋。
前年のマイルCS馬・ダイタクヘリオスとこの年の宝塚記念馬・メジロパーマーの逃げ争いで
空前のハイペースに突入。
1000m57秒台前半の殺人的ペースを自ら作り出してしまったダイタクヘリオスは8着沈没、
イクノディクタスは9着。
勝ったのは後方待機から一世一代の豪脚を繰り出した6歳馬・レッツゴーターキンだった。
11月22日、やはり2頭とも顔を揃えたマイルCS。
イクノディクタスが逃げに打って出た。
連覇がかかるダイタクヘリオスが慌てることなく追走。
3,4コーナーから直線、イクノディクタスが失速するとダイタクヘリオスがこれを交わして先頭。
4歳牝馬シンコウラブリイ、5歳馬ナイスネイチャの追撃を完封しての堂々のレコード勝ちで、見事連覇達成。
イクノディクタスは前走に引き続き9着に敗れた。
11月29日、ジャパンカップ。
連闘イクノディクタス、3戦連続9着。
勝ったのは骨折明けの秋の天皇賞で7着に沈んでいたトウカイテイオーだった。
迎えた1年の総決算・有馬記念。
スプリンターズS4着から連闘で挑んできたダイタクヘリオス、JC馬トウカイテイオー、
同レース4着の4歳セン馬・レガシーワール
ド・メジロパーマーら豪華メンバーが揃った。
レースはいきなり、秋の天皇賞・JCの大敗で15番人気の低評価を下されたメジロパーマーと
ダイタクヘリオスが、再び壮絶な逃 げ争いを展開した。
7番人気と15番人気がやりあっての逃げ…果たして、どれほどの人がその片方が逃げ粘ると
予想しただろうか。
600の標識を過ぎ、明らかにダイタクヘリオスがバテてきた。
と同時に、1番人気トウカイテイオーが上がって来れない。
場内ざわめく中、メジロパーマーただ1頭が直線に向いた。
パーマーが逃げる、逃げる。
後続がなかなか伸びて来れない。
"ブロンズ・コレクター"ナイスネイチャの脚色がいい。
悲鳴に近い大歓声が場内を包む。
ナイスネイチャを1頭の鹿毛馬が交わしてゆく。
4歳馬レガシーワールドを小谷内騎手が必死の形相でただひたすらに追う、追う。
人馬ともに初GT制覇がかかっている。
パーマーか、レガシーか。
異様なまでのどよめきの中、2頭がハナ面を併せてゴール板を駆け抜けた。
…結果、メジロパーマーがハナ差凌いで、宝塚記念に続くグランプリ連覇の偉業を達成した。
イクノディクタス7着、ダイタクヘリオス12着。
人気のトウカイテイオーはまさかの11着に敗れた。
イクノディクタス、明け7歳。
ダイタクヘリオスは引退・種牡馬入りしたが、彼女は現役続行が決まった。
もう少しであのダイイチルビーの総賞金額を超えられる、ということも多分にあったのだろう。
日経賞6着後の大阪杯。
このレースには前年に春の天皇賞を2連覇して以来、骨折の為に休んでいた7歳馬・メジロマックイーンが
出走してきた。
だが、結果は太め残りのマックイーンが2着以下を5馬身ちぎって力の差を見せつけた。
イクノディクタスは影すら踏めぬ6着。
レース後、陣営は春の天皇賞参戦を決定。
4月25日、天皇賞・春。
レースは休み明けの阪神大賞典を逃げ切ったメジロパーマーが逃げ、前人未到の3連覇がかかる
マックイーンは先行していっ た。
マックイーンがパーマーを捕らえ、直線は独壇場かと思われた次の瞬間、前年の菊花賞馬ライスシャワーが
マックイーンの野望を 打ち砕いた。
イクノディクタス14番人気9着。
中1週―中2週―中2週で挑んだ安田記念。
ここには連覇を目指すヤマニンゼファー、前年2着の7歳馬カミノクレッセ、前年のマイルCS2着の
シンコウラブリイ、
そして前年の最優秀4歳牝馬・最優秀短距離馬で、ここで5着以内ならばダイイチルビーを抜いて
歴代賞金女王となるニシノフラ ワーらが顔を揃えた。
レースは直線、ヤマニンゼファーが堂々抜け出して連覇達成。
ゴチャゴチャのままなだれ込んだ2着集団から僅かに14番人気イクノディクタスが抜けて、ついに悲願の
歴代賞金女王の座を獲得した。
シンコウラブリイ3着、カミノクレッセ8着。
ニシノフラワーは直線失速して10着に沈没した。
賞金女王イクノディクタスはそれでも走りつづけた。
6月13日の宝塚記念でメジロマックイーンの2着に突っ込んで、牝馬初の5億円ホースとなった。
その僅か13日後のテレビ愛知OPを人気に応えて快勝、秋は天皇賞10着など4戦未勝利に終わり、
11月14日の富士S(1800 m)8着を最後についに引退した。
歴代賞金女王の座は、11月21日のマイルCSを勝ったシンコウラブリイに明け渡すことになった。
同期のどのライバルよりも長く、そして頑健に51戦を戦い抜いた"鉄の女"イクノディクタス。
当時に比べて格段に調教技術が進歩したといわれる現在でも、ここまで丈夫で長持ち、そして能力の高い
牝馬は生まれないだろ う。
牝馬不遇の時代にあって、一流牡馬たちと互角に渡り合ってきた彼女。
その能力は、巷の評価よりももっと高いものだったと信じているし、歴代の女傑たちにも勝るとも劣らない
ものだったと思う。
初年度のメジロックイーンとの産駒(キソジクイーン・9戦0勝)を始め、繁殖成績は芳しくないが、
今年デビューするであろう産駒が まだ4世代目。
現役時代同様、長い目で見守っていきたいと思う。
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