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| 偉大なるブロンズコレクター -生まれながらの素敵な性質-(ナイスネイチャ) |
コラムニスト:FUKU | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
41戦7勝・2着6回3着8回。 この戦績を見て、あなたは何を感じるだろうか。 おそらく、競馬を知っている方ならその多くは、タフに堅実に走りつづけたオープン馬を 想像されるのではないだろうか。 しかし、今回の主人公はそうではなかったのだ。 先に挙げた戦績、それはまぎれもなく彼の生涯成績である。 抜群の斬れで3重賞を制した4歳時。 脚部不安に泣き、4走しかできなかった5歳の秋〜冬。 走れど走れど勝ち星に恵まれず、再び脚元に泣かされた6歳時。 実に31ヶ月ぶりの勝利の美酒に酔った7歳の中京。 順調に見えた滑り出しも、3度目の長期休養を余儀なくされた8歳時。 衰えを見せつつも、力の限りに疾走した9歳の府中。 稼いだ本賞金、実に6億2358万5600円。 彼の名は、ナイスネイチャ(Nice Nature)・・・"nature"とは、本質・性質の意である。 ナイスネイチャが入厩した松永善厩舎では、デビュー前からその評判は上々だった。 後に主戦となる松永昌騎手も、"乗り味がいい"とのコメントを残している。 デビュー戦は1990年の12月、中京の1200m戦。 跨っていた松永昌騎手によれば、このころの彼はまだまだハミ受けが悪かったとのこと。 1200mという距離やハミ受けの影響もあったのだろう、このレースで彼は出遅れてしまう。 しかし、徐々に進出すると、直線は素晴らしい脚で追い込み2着まで来ている。 中1週の折り返しの新馬戦を快勝、翌年1月の福寿草特別では後の桜花賞馬・シスタートウショウと当たった。 だが、若さを露呈する競馬で6着に沈没。 それでも、陣営は中1週でオープン特別の若駒ステークスへ出走させた。 このレースで顔を合わせたのが、この後4歳クラシック2冠・ジャパンカップ・有馬記念などを制する トウカイテイオーだった。 中団から追走した彼は、直線で伸びたが3着まで。さらに、レース後に持病の骨膜が腫れてしまう。 松永善調教師の回想の弁。 "皐月賞・ダービーに行くために、多少無理をしたきらいがあったかもしれない。" 半年の休養後、中京の500万条件戦をひと叩きした後、小倉で古馬相手に500万・900万条件を連勝した ナイスネイチャは小倉記念に格上挑戦した。 ファンは、女傑イクノディクタスやヌエボトウショウよりも、このフレッシュな4歳の上がり馬を1番人気に推した。 レースはというと、直線で楽々と抜け出して重賞初制覇。上がり3F34.6の末脚を繰り出しての完勝だった。 俄然勢いづいた彼は、続く京都新聞杯で弥生賞馬イブキマイカグラ以下を抑えて重賞連覇を飾り、 夏最大の上がり馬としてトウカイテイオー不在の菊花賞の有力候補にのし上がったのだ。 迎えた91年11月3日、菊花賞。 2番人気に推された彼は、希望に満ちてゲートを出た。 ・・・4着。 結果として、"距離が長かった(松永昌騎手)"ということだったのだろう。 適距離に戻った鳴尾記念、1番人気に応えて快勝。 中1週で挑んだグランプリ・有馬記念。当時の現役最強馬・メジロマックイーンに次ぐ2番人気。 ゴール前、メジロマックイーンが堂々の先頭。離れた2番手にナイスネイチャ。 一瞬、多くのファンが人気通りの決着を思い描いた。 ・・・次の瞬間、内ラチ沿いギリギリから黄色い帽子がハッピーエンド・ムードを切り裂いた。 それが単勝オッズ、実に140倍近かった7歳牡馬・ダイユウサクだったのである。 初の大レース勝ちとなった熊沢騎手のガッツポーズの影で、ナイスネイチャ、3着入線。 それでも、この頃はファンのほとんどが彼を"いつでもGTを勝てる馬"と認識していたと思う。 きっと、まだ誰も気づいていなかっただろう。 この時の"有馬記念3着"から、彼の永久不滅の伝説が始まったことを。 10ヶ月の休み明け・92年10月11日・毎日王冠。 1番人気になったが、ダイタクヘリオスのレコード駆けに屈して3着。 中2週で出走した秋の天皇賞。 1000m通過が57秒前半の殺人的ハイペースを中団から追走、しかし追い込み勢の末脚の前に4着。 再び中2週・マイルCS。 直線、いい脚で追い込んできたが、なんとそこで内にヨレてしまう。 立て直しを図ったものの、またもやダイタクヘリオスのレコード勝ちにひれ伏し3着まで。 そして・・・有馬記念。 1番人気のトウカイテイオーは伸びない。 大逃げの貯金をはたいて粘っているのは15番人気のメジロパーマー。 "今度こそは!"松永昌騎手が懸命に追う。追う。追いまくる。 ・・・しかし。その外にいる4歳セン馬・レガシーワールドが伸びる。 宝塚記念馬の意地に賭けて、一杯に粘るメジロパーマー。 自身と鞍上・小谷内の初GT戴冠の夢を乗せ、一完歩一完歩追い詰めるレガシーワールド。 満員のスタンドからは、悲鳴とも取れる大歓声。 写真判定にもつれこんだ一戦は、メジロパーマーに凱歌上がる。 ナイスネイチャ、2年連続の"有馬記念3着"。 この頃からだろうか・・・彼の周りを"ブロンズ・コレクター"の称号がうろつき始めたのは。 明け6歳、日経新春杯。 ファンはまだ彼を信じていたのだろうか、1番人気に支持した。 ・・・が、上がり34.7の末脚を繰り出しながら、牝馬エルサーカリバーの2着。 3月14日、阪神大賞典。 陣営は心を鬼にして、鞍上に南井克巳を据えた。 ファンも再び1番人気に推した。それなのに・・・ 彼は勝てない。 再びメジロパーマーの逃走劇に遭い、3着。 中2週、大阪杯。 11ヶ月の骨折休養明け・14キロ増のメジロマックイーンに人気は譲ったものの、彼自身は単勝2,6倍、 差の無い2番人気に支持されたのだが・・・ 直線はマックイーンにちぎられるのみ。 力の違いを見せつけられた一戦となってしまった。 追い討ちをかけるように脚部不安再発、春の天皇賞を回避。 前年と同じく、毎日王冠で復帰。 2年連続の3着。 秋の天皇賞、2年連続の2番人気。 15着沈没。 ジャパンカップ、15番人気7着。 そして迎えた3年連続の有馬記念。 ファンも前2走の惨敗から、10番人気の低評価を下した。 1番人気は皐月賞・ダービー2着、菊花賞で5馬身差の圧勝劇を演じたビワハヤヒデ。 出走馬の中には、昨年の有馬記念以来、実に364日ぶりの復帰戦となるトウカイテイオーがいた。 レースは直線、早々とビワハヤヒデが抜け出して完勝かと思われた次の瞬間、トウカイテイオーが もの凄い脚を繰り出して半馬身差し切った。 まさに奇跡の復活。 鞍上・田原は男泣きに泣いた。 そんなドラマの陰で・・・ナイスネイチャはまたまた3着。 「3年連続"有馬記念3着"」という、前人未到の大(?)記録を達成した瞬間でもあったのだ。 しかし・・・ 2年以上勝ち星がないという歴然とした事実が、陣営にとってはなによりも重いものになっていたはずだ。 明けて94年、AJCC7着。 大阪杯2着。 春の天皇賞4着。 宝塚記念4着。 7月10日、高松宮杯。 前年のダービー馬、ウイニングチケットらとの対決。 直線、いつも通りいい脚で伸びる。 前に並びかける。 また競り負けるのか。 しかし次の瞬間、彼は先頭に踊り出ていた。 実に2年7ヶ月ぶりの先頭でのゴールイン。 一部では"勝ち味を思い出したのでは?"との声も聞かれた。 そんなファンの期待を裏付けるように、毎日王冠では2番人気になった。 ・・・が、ネーハイシーザーの日本レコードの6着。 続く秋の天皇賞、上がり34,4と久々のに素晴らしい斬れ味をみせたのだが、7着。 2年連続出走のジャパンカップ8着。 4年連続出走の有馬記念・・・5着。 "記録"は"3"でストップした。 95年、彼は8歳になった。 年明け初戦の京都記念、8歳馬とは思えぬ末脚(上がり34,2)で2着に突っ込んだ。 あるいは、これが彼の見せた最後の意地だったのだろうか・・・8ヶ月の休養を余儀なくされる。 10月8日、京都大賞典8着。 11月26日、3年連続出走のジャパンカップ、13着。 12月24日、5年連続出走の有馬記念、9着。 96年、明け9歳。 それでも、陣営は彼を使いつづけた。 だが、3月17日の中京記念4着を最後に、彼の馬番が掲示板に載ることはなかった。 11月16日のアルゼンチン共和国杯15着後、彼の脚元には怪しい影が忍び寄っていた。 "(有馬記念に)出走すれば、人気になってしまう馬だから。" この松永善調教師の引退表明は、ファンの涙を誘った。 7年間に及ぶ現役生活を終えてから4年、ナイスネイチャは今、生まれ故郷の渡辺一馬牧場で 種牡馬として余生を送っている。 今年、彼の初年度産駒がターフを駆ける。 とにかくファンの多かったナイスネイチャ。 それ故に、その仔たちに彼のファンが寄せる期待も大きい。 勝ち星には恵まれなかったが、それでも今なお多くのファンが後押ししてくれている・・・ これが生まれながらの素敵な性質・・・"Nice Nature"ゆえのなせる技なのではないだろうか。 ナイスネイチャ全戦績
通算戦績 41戦(7,6,8,20) 本賞金 1億7360万円 総賞金 6億2358万5600円 ★重賞34回連続出走 ★有馬記念3年連続3着 ★有馬記念5年連続出走 ★ジャパンカップ3年連続出走 |
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