![]() |
![]() |
| ”一流”と”一流半”は紙一重 −メジロアルダン− | コラムニスト:FUKU | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
時は1988年の3月末。 公営・笠松から鳴り物入りで中央入りしたオグリキャップがいきなりペガサスS(現アーリントンC)を圧勝し、 ヤエノムテキが連戦連勝で”関西の秘密兵器”として栗東の期待を一身に受け、3歳チャンピオン・サクラ チヨノオーがそれを迎え撃とうとしていた時期。 東京競馬場のダート1200メートル・4歳未出走戦を、ひっそりと勝ち上がった黒鹿毛の大型馬がいた。 彼の名は、メジロアルダン。父アスワンはノーザンテーストの初期の産駒として、NHK杯(NHKマイルCの 前身・'95年までダービートライアルのG2)を完勝し、ダービーの有力候補と目されながら、直前に故障し、 そのまま引退に至った経緯があり、アルダンが続く山藤賞(4歳1勝クラス・当時は400万下)を完勝すると、 彼にかすかな期待がかけられ始めたのである。・・・そう、ダービーで父の無念を晴らすという、いかにも 日本人好みの期待が。 そして、中2週で臨んだNHK杯。16頭立ての6番人気になったアルダンは、道中3,4番手を進み、直線に向く と抜け出しを図る。しかし、外から一気にやってきたマイネルグラウベンの強襲に遭い、惜しい2着。 しかし、わずかキャリア3戦ながら、ダービーへの出走権を手に入れることに成功したのである。 デビュー以来わずか2ヶ月で大舞台を踏むことになったアルダン。しかし、これまでとは相手が違う。 皐月賞を無敗で制したヤエノムテキ。復権を狙う東の3歳王者・サクラチヨノオー。 彼には、持ち込み馬ゆえにダービーに出走できなかった(当時の持ち込み馬は、昨年までのマル外と 同等の扱いだった)8戦無敗の不世出の名馬にして父・マルゼンスキーの夢も託されていた。 そして、マイネルグラウベン。 NHK杯でアルダンが後塵を拝した馬である。 ファンの、そして関係者の様々な想いが交錯する中、アルダンは前走と同じく6番人気(24頭立て)。 鞍上には、推しも押されぬナンバーワンジョッキーで、2戦目の山藤賞で手綱を取った岡部幸雄がいた。 晴れの良馬場の中、ダービーのゲートが開いた。後に乗ることになる横山典弘が絶賛したゲートセンスを 持つアルダンは、すんなりと好位の5,6番手に付ける。ペースはそれほど早くなく、難なく先行勢を追走して 直線へ。早々と抜け出したサクラチヨノオーを目標と定め、岡部のゴーサインに応えて素晴らしい末脚を 繰り出したアルダンは、ゴール直前でチヨノオーを交わす。誰もが勝負あった、と思った次の瞬間、鞍上 小島太の打倒・岡部の執念に後押しされたかのようにチヨノオーが差し返す。クビ差の2着。 キャリア4戦にして、ダービーの大舞台で3歳チャンプと同等の内容。誰もが将来を嘱望し気の早いファンは、 裏街道を連戦連勝で突っ走るオグリキャップの打倒一番手とまで考えるようになっていた。 だが、その後のアルダンの戦績は3年半で10戦2勝2着3回3着1回着外が4回。 その要因は、素質馬・大型馬に付き物の脚部不安だった。父のアスワンも前述の通り、脚部不安のため 4歳春で現役を退いており、その体質は、息子のアルダンにも確実に受け継がれていたのだった・・・。 これも前に書いたが、抜群のゲートセンスで常にスッと好位に取り付ける力を持っていたアルダンだったが、 詰めの甘さ・3度に及ぶ長期休養・そしてなによりも、同時期にオグリキャップ・スーパークリーク・イナリワン といった面々が居たことが最大の不運だったのかもしれない。実際、5歳秋の毎日王冠は、オグリキャップと イナリワンの死闘に後れをとり3着。続く秋の天皇賞ではスーパークリークとオグリキャップの一騎打ちの前 にまた3着。そして雪辱を賭けた6歳秋の天皇賞、オグリキャップには先着するも、ヤエノムテキの後塵を拝し 2着。しかもヤエノムテキの鞍上は、4歳時にダービーで2着したときに跨っていた岡部幸雄。 アルダンはまたも屈辱を味わうことになってしまった。”一流”と”一流半”というのは、本当に紙一重の差 なのだ。その紙一重の差を詰められない馬というのは、数え切れないほど存在する。 アルダンも遂に、紙一重の差を詰めることはできなかった一頭だった。 一時は一部のファンの間で"4強の一角"と称され、ライバル達の誰よりも長く走り続けたアルダンだったが、 '91年のジャパンカップの14着を最後についに引退し、親子2代の悲願・G1制覇は、その産駒に受け継がれ ることになった。 時は流れ、今年、彼は16歳になった。同期のライバル達が種牡馬として伸び悩み続けている中、 アルダンも例外ではなく、BSNオープン勝ちのメジロスティードが頑張っている程度。 ノーザンテーストの父系は代替わりが早く、過大な期待はかけられないかもしれないが、 彼が種牡馬として頑張り続ける限り、決して夢がついえることは、ない。 メジロアルダン全成績
|
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||